岡田敦【プロから学ぶ作品づくり〜第3部:プリント作業について-1】
2010.08.20
第3部:プリント作業について-1
「第3部:プリント作業について」は、予定を変更して2回に分けてお届けしており、今回が1回目です。
【ものとして残しておくこと】
デジタルカメラで写真を撮っていると、フィルムカメラを使用している時とは違って、撮っただけで満足してしまうという傾向が強くなってしまう。パソコンのHDにデータを移し、大きな画面に画像を映し出すだけでも確かに楽しめるが、やはりそれだけではどこか寂しい感じがしてしまう。10年後、20年後に、保存したデータをきちんと自分で管理することができているのか、HDの中にある膨大なデータを、昔の家族アルバムをふとした時にめくってみるように、たとえデータであってもごく自然に見返してみる文化や習慣がきちんと育っていくのだろうかと考えた時、やはり写真は“もの”として残しておいた時に、はじめて写真の奥深さが現われるのではないかと感じてしまう。
【プリンターの進化】
この10年ほどで、カメラはデジタルの時代へと移行した。それに伴い、カメラだけではなく、PC、現像ソフト、レタッチソフト、インクジェットプリンター、インクジェット用紙といった面においても驚くほどの進化をとげた。
僕がインクジェットプリンターを使うようになったのは、今から10年ほど前からだ。その頃のプリンターは、まだまだ完成度が低く、作品として発表・保存できるレベルのプリントをつくりだすことができなかった。染料インクのプリンターを使っていたこともあって、その頃に僕がプリントしたものは、現在では色がにじみ、退色してしまってみるに耐えない状態になってしまっている。
2005年、EPSONから顔料K3インクが搭載されたPX-5500が発売されてからは、僕はA3+対応・顔料インク搭載型のプリンターを使うようになった。染料インクは顔料インクよりも発色がよく、鮮やかなプリントに仕上がるが、やはり長期間保存することを考えると、顔料インクの優れた耐光性・耐水性は、作品をつくる上ではとても魅力的であった。
【ふだん使用しているプリンターとその選定理由】
僕がふだん使用しているプリンターは、EPSONのPX-5500(A3+・8色顔料インク)、PX-5600(A3+・8色顔料インク)、PX-H8000(A1+・10色顔料インク)である。どの機種も濃度の違うブラックインクを3種類搭載しているため、グレースケールの階調性がよく、モノクロ写真だけではなく、カラー写真の再現性にも優れている。
顔料インクは、染料インクに比べ、発色や鮮やかさの面ではやはり劣るが、耐久性の面では安心感がある。逆に染料インクは、顔料インクほどの耐久性は望めないが、顔料インクでは表現できない鮮やかさが魅力である。
PX-5600は、PX-5500にはなかったビビッドマゼンタ、ビビッドライトマゼンタを搭載することによって、PX-5500よりも色再現領域の拡大に成功し、より豊かなプリント表現を可能にした。またPX-H8000は、オレンジ、グリーンといった新しいインクを搭載することによって、顔料インクの弱点でもあった発色の面で大きな進歩をはたした。
デジタル機器は新機種発売へのサイクルが早いので、購入するタイミングは難しい。どのメーカーのどの機種を買ったらよいのか、現行機を買った方がよいのか、後続機を待った方がよいのか‥‥‥。ただ、写真を綺麗にプリントする家庭用インクジェットプリンターの現行機ということに絞れば、EPSON PX-5600(A3+・8色顔料インク)か、Canon PIXUS Pro9500 MarkⅡ(A3+・10色顔料インク)という選択肢になるのだろうか。もちろん発色性や鮮やかさを最優先するのであれば、Canon PIXUS Pro9000 MarkⅡ(A3+・8色染料インク)も候補にあがってくるだろう。用紙サイズはやはりA3+まで対応している方が望ましい。
インクジェットプリントは、同じデータからプリントした写真であっても、メーカーや機種によって仕上りがずいぶん変わってくる。各メーカーがプロフェッショナルモデルと位置づけている機種には甲乙つけ難いものがあるが、プリンターの購入を考えている時は、先ずは各メーカーのショールームや大型量販店に行って、実際にサンプルプリントを見せてもらうのが一番である。
【よいプリントとは】
よいプリントの定義とは難しいが、作品はやはり、自分のイメージ通りに仕上げるという点が一番重要なことのように思う。インクジェットプリントの場合、銀塩写真に比べ、自分で手軽にプリントすることができるようになった分、どうしても簡単にプリントを仕上げてしまおうという気持ちになってしまうところがある。
しかし、プロの写真家は、たった一枚のオリジナルプリントを焼くために、暗室にこもり、何度もテストプリントを繰り返してきた。だからこそ、銀塩写真には優れたオリジナルプリントがたくさん残されているのだが、インクジェットプリントの場合でもやはり、“1枚プリントして終わり”ではなく、“これがオリジナルプリントだ”と言えるぐらいのものを、納得いくまで作らなければいけないと感じている。テストプリントを繰り返すことは、コストがとてもかかることではあるが、使用しているプリンターの特徴や癖、用紙との相性なども分かってくるので、プリント上達への一番の近道だと思う。
【インクジェットプリントの魅力】
僕はこれまで銀塩写真とインクジェットプリントを使い分けて創作活動をおこなってきた。品質や保存性といった面では、まだまだ銀塩写真には追いついていない部分もあるが、それでも最近では、展覧会をインクジェットプリントでおこなう機会も増え、作品として発表できる十分なクオリティーを保つことができるようになった。そして、僕がインクジェットプリントの一番の魅力だと感じているところは、なんといってもその自由度から生まれる創造性だ。
僕はこれまで写真集を何冊も発表してきたが、写真集を作る時にはいつも、世界にたった1冊しかない手作りのオリジナル写真集を作るようにしている。構成や判型も自分で考え、カバーや表紙もインクジェット用紙を駆使して自分で作っている。
上の写真は、『Platibe』や『Cord』(ともに窓社)、『I am』(赤々舎)の原型となったオリジナルの写真集。そして、ピクトリコの両面セミグロスペーパーで作った『ataraxia』(青幻舎)の手作り写真集版である。インクジェットプリントは、発想次第で色々な楽しみ方ができる。それがインクジェットプリントの一番の魅力だと僕は感じている。